実用新案
- 1.始めに
実用新案は、平成5年法の改正により、無審査登録・自己責任型になり、いわゆる特許庁の御墨付きがない制度になっております。これが、権威に依存する大部分の人が、実用新案はもう使えないと観念しておりますが、私自身は、お上頼りよりはむしろ、形に捕われることなく自発的に可能性を探って切り開く、自立・自存を尊ぶ方が性にあっており、協調性に富む成熟した日本の社会にもあっており、固定観念に捕われることのない進取の気象に富む皆様にも共感を頂けるものと信じております。
当然、実用新案も独占権ですので、他人権利との調整のため、後述する色々の規制がありますが、皆様が固定観念で思っている程の使い難いものではなく、工夫により使い勝手のよい部分も多いです。 - 2.実用新案の対象
実用新案は、方法、製造方法は対象になりませんが、モノ、装置として表現できるものは、制御部を含んでいても、対象になります。技術(進歩性)レベルに拘りなく、どのようなものでも可能ですが、基本的には小発明(考案)が対象で、基本発明を補完して、それを製品として具体化する各種の応用発明、防衛発明、部品発明、そしてそれらの改善、改良に係る発明に適用して好適です。
実用新案は、抽象的な技術思想より、むしろ外縁を明確にできる形がはっきりしたものが好ましいです。 - 3.実用新案のメリット
- (1)発明の見直し時期の延長
- 特許では、審査請求期間が出願から3年ですので、それまでに当該発明の価値を見極めなければなりません。その時点で自社実施であれば、見極めは容易ですが、非実施でも将来の可能性、技術動向、他社の開発方向等の不確定要素が多く、勢い安全方向に判断して、結果として利用されない特許権も数多く発生しています。
実用新案は、技術評価書はいつでも請求できますので、見直しが期間一杯の10年に延長される、と考えられます。この際、訂正の範囲及び期間に制限がありますが、シフト補正が禁止されている特許に対して、それ程大きな差ではなく、出願時の請求項及び明細書を工夫することにより、充分に対応可能です。
これは、値下がりしたと雖も、高額な審査請求料を大幅にセーブできると共に、見直しの誤りにより、有効な出願がみなし取下げとなることを防止できます。 - (2)特許出願への変更
- 実用新案は、その出願日から3年以内に特許出願に変更が可能です。特許出願の審査請求期間の見直し時に、実用新案も見直し、当該実用新案は、特許の方がよいと判断した場合、特許に変更できます。この際、明細書の記載事項の範囲内で請求の範囲を自由に変更可能ですし、初めから特許出願したものに比し、コスト増は3年分の登録料[(2,100円+請求項×100円)×3]と実用新案登録出願費用(14,000円)の21,800円(請求項5)程度で済みます。
従って、初めから実用新案出願することによるデメリットは少なく、3年目の見直しに際し、特許が適当又はクレーム変更が必要と判断した場合、特許出願に変更すればよく、そして権利行使、実施権の設定等の客観的判断が必要となる場合にのみ、技術評価書を請求すれば足ります。特に、他社牽制、実施可能性の低いものは、この方法により大幅なコストダウンが可能です。 - (3)外国出願の原
- 日本の審査は、諸外国(特に米国)に比して厳しく、諸外国では特許になっても、日本で審査に通らず、拒絶査定になったり、止むを得ず、諸外国のクレームに比して大幅に限定せざるを得ないことが多々あります。
世界各国で共通の権利化が好ましく、1国でも拒絶になったり、大幅な権利限定になりますと、折角大金を払って世界各国の権利化を図って、外国では充分に広い権利が取れたにも拘らず、使い勝手の悪い瑕疵のある権利になる可能性があります。
日本には出願しないとの考えもありますが、それでは、日本が中抜け状態となりますので、特に進歩性が低く、日本では苦労すると思われるものは、日本での原出願を実用新案で行い、外国での権利化に合せて、当該実用新案の請求項を訂正して、世界共通特許化を図ることはよい方法です。この際の日本の権利は、実質的に、審査がなされた外国の権利に依拠することになるものと考えます。 - (4)技術レベルの低い発明
- 新実用新案は、早期権利化による短ライフサイクル製品の保護が建前となっておりますが、長年の特許庁の懸案であった滞貨問題は急速に解決に向かっており、早期審査、スーパー早期審査の制度も整って、上記建前は既に剥げ落ちております。
実用新案と特許とは、技術思想の創作のレベル(低、高)で定義付けられており、進歩性も、きわめて容易と容易で一応の差が設けられています。かって私が特許庁審査官であった頃は、特許と実用新案では自ずから技術水準に差があり、進歩性審査にも差がありましたが、実用新案が特許に吸収される過程で、徐々に両者の間に差をつけない運用に変わりました。
実用新案は、日本では1万件を割っているのに対し、中国は、2015年に90万件を予測しております。多く人が開発・改善に参加して、より良い製品に進化し続ける日本の摺り合せ型アーキテクチャ(カイゼン等)では、小発明(考案)は常に存在しますが、上記実用新案の中国との差は、人口を考慮しても圧倒的です。特許ではドウカナと思われる改善・改良技術を財務上の問題で一切権利化を図らないことは、将来に禍根を残すことになると思われます。
このような技術の保護に実用新案は好適です。現在、権利無効となった際の損害賠償責任の場でしか、上記進歩性レベルの差を争うことはできませんが、実用新案出願時に、正確な先行技術調査をして、該先行技術に対する構成の違い及びそれに伴う作用効果の差を明確に記載することにより、実用新案の有効化に向けて努力すべきと考えます。
かって、行政指導等により実用新案の出願数が激減したことより、技術上の差をつけない運用に変わったように、実用新案の出願数を増加することにより、自ずから実用新案が価値付けられ、法律上に明確な差がある以上、技術評価書でも上記損害賠償責任の場でも運用が変ることを期待します。このことは、中国の国家方針を鑑みますと、国益上でも是非貫きたい処です。
- 4.実用新案の課題及びその対応
- (1)早期公開
- 実用新案は、無審査なので出願から数ヶ月で公開されてしまいます。これは、同一系統の出願を多数出願する場合、関連出願をすべて出願する前に初めの出願が公開され、それが先行公知文献となってしまいます(セルフコリジョン)。
これに対応するには、実用新案の出願時期を厳密に管理する必要がありますが、始めに基本技術思想、実施形の製品技術、製造方法等のメイン技術を特許出願し、当該グループ技術の最後の技術見直し時に、代替え技術、迂回技術、周辺技術等をまとめて実用新案登録出願を行い、特許網を構築すればよいと考えます。この際、クレーム該当部分以外の技術説明を無闇に広げない方がベターです。
なお、出願人の申立てにより、1年6ヶ月程度の登録(従って公開)を繰延べする制度を創設すれば、ずいぶん実用新案は使い勝手がよくなります。もう短ライフサイクル技術の早期保護の看板は剥がれ落ちていますので、上記制度の創設に何等問題ないと考えます。 - (2)過失推定
- 実用新案は、技術評価書を提示して警告した後でなければ権利行使ができません。特許においても、いきなり訴訟ということはなく、一般には警告から始まりますので、過失の推定がないとしても、侵害の起点に影響があるだけです。また、警告する際、自分の権利が客観的にどれ程の価値があるかを調べるのも当然で、これにより、特許に対して実用新案がデメリットになることは少ないと考えます。
最初の技術評価書が送達された際、明細書又は図面の記載範囲で請求の範囲を減縮訂正できますので、シフト補正の審査基準が厳しい特許に対して、むしろ有利になっています。 - (3)損害賠償責任
- 権利行使した実用新案登録が無効となった場合、損害賠償責任を負う場合があります。これは、無審査登録される権利の濫用を防止する規程であって、それ程恐れるものはありません。評価が「6」(先行技術文献等を発見できない)で権利行使に踏み切った処、相手側から思ってもない公知例が出されて無効になった場合、損害賠償責任を負うことはありません。
また、評価書が否定的な内容「2」(進歩性がない)であって、かつ無効審判が確定しながら、権利行使が「相当の注意を払ったものと認めるのが相当である」と認定した判決もあります(相当複雑な案件ですが、平成10年(ワ)5090号)。私は、弁理士が登録要件があると真摯に判断してそれを客観的に主張していれば、例えそれが特許庁及び裁判所の判断と異なったとしても、権利を濫用したことにならないと考えております。これが、自立、自存を旨とする実用新案の基本と思われ、当事務所では、案件によりますが、技術評価書の判断が不合理と判断した場合、この損害賠償責任の裁判費用、更に、もしそれを負わされた場合、所定額を限度として賠償金を負担することも考えております。
勿論、無用な争いがない方が好ましく、そのためには外縁が明確となる請求項、各請求項毎の作用・効果の記載等の争いを未然に防止する明細書の作成、並びにその基となる先行文献調査を心掛ける所存です。実際に権利行使が多いとは思いませんが、評価が「6」となるように技術評価書を取り直す等で、特許での権利行使とそれ程変わることなく、権利行使が可能と考えております。
- 5.おわりに
以上説明しましたように、実用新案は、高額な審査請求料をセーブでき、かつ見直し期間の繰延べにより無駄な審査請求も少なくでき、大幅なコストダウンを図ることができます。また、財務上の制限の内でその分、特許・実用新案の合計出願数の増加が可能となります。
実用新案でまず出願することによるデメリットは少なく、出願するか否か迷うような場合、実用新案を検討することをお勧めします。
勿論、実用新案も特許と同様に、代理人手数料が掛かります。当事務所も特許出願の依頼が大部分で実用新案は僅かですが、実用新案登録の目的は、前述したことに限らず、後願排除等色々あり、その目的に合せて種々の出願書類の形態が考えられます。出願の纏り、セルフコリジョン等を考慮して、権利化部分(背景技術、発明の概要)のみをしっかりと書き、技術説明部分(発明を実施するための形態)を大幅に簡略化することも可能で、それらに応じて書類作成費用のコストダウンも考えられます。当事務所は実用新案について検討・研究をしておりますが、今の所、実績は充分ではなく、御依頼者と共に研鑚を重ねて、実用新案の有効活用に向けて頑張る所存です。
なお、パテント 2011年11月号に「実用新案の活用」として、私(近島一夫)が執筆した小論が発表されておりますので、合せて参考にして頂ければ幸いです。
所長 近島一夫